コロナ禍以降、米国をはじめとする海外の商業施設は深刻な空洞化に直面しています。2024年時点でモール空室率は8.7%に達し、Macy's、JCPenney、Bed Bath & Beyondなど大型小売チェーンの閉鎖・破綻が相次いでいます。アンカーテナントの退出が、施設全体の客足減少と周辺テナントの賃料減免要求を誘発し、モール全体の収益性を大きく損なうドミノ倒しが起きているとも報じられてきました。
こうした危機への活路として、欧米で急速に注目を集めているのが「Competitive Socializing」。ダーツやミニゴルフなど競技性のある社交活動と飲食を融合した体験型エンターテインメントです。Cushman & Wakefieldによれば、この業態は2021年以降386%の成長を遂げています。本稿では、この潮流が商業施設をどう再生し得るか、その成功要因と不動産開発者への示唆を考察します。
体験経済の台頭とモール再生の必然性
2026年現在、消費者の支出は「モノ」から「体験」へと明確にシフトしました。実際、テナントリーシングの15%を体験型施設が占めるようになったとのレポートもあり、ゴルフやボウリングなどのアミューズメント業態が総床面積に占める割合は日に日に伸びています。
若年層を中心に、この変化は顕著です。英国の調査ではZ世代の93%がcompetitive socializing施設を利用した経験があり、米国では友人との社交活動に月平均250ドルを支出しているとのデータもあります。また、節酒・ノンアル志向の広がりも、「飲酒だけではない社交の場」への需要を後押ししています。
不動産開発担当者にとって重要なのは、体験型施設が来館者数と滞在時間を延ばす効果です。ショッピングセンターの事例研究では、滞在時間が1%増えると売上が1.3%増えるという相関が示されています。「いかに長く楽しんでもらうか」を設計できる体験型テナントは、館全体の収益を底上げする「新アンカー」として期待されているのです。
商業施設導入事例と新たな収益モデル
テクノロジー統合型ミニゴルフのPuttshackは、1店舗あたり平均1,100万〜1,200万ドルの売上を達成し、店舗レベルの利益率は約25%です。さらに出店時の内装工事費の多くを不動産側が負担するケースもあり、BlackRockから1.5億ドルの資金調達にも成功しています。
シカゴ近郊のWestfield Old Orchard Mallでは、旧百貨店Lord & Taylor跡にPuttshackが入居。約30,000平方フィートの大型区画を体験型施設が埋める好例となっています。

ダーツを展開するRed Engineは、2024年に売上2,530万ポンド(前年比24%増)を記録し、6,000万ポンドの融資を獲得しました。複数拠点運営と資金調達力を示すことで、開発事業者から「長期的に機能するアンカー候補」として評価されています。
また、Netflixの常設施設「Netflix House」も体験型の空間提供の事例として見逃せません。King of Prussia、Galleria Dallasに2店舗が開業し、ダラス店は10万平方フィート超の大型施設です。「探索・飲食・プレイ・物販」を統合した通年型施設として、ストリーミングという無形資産をリアル空間での体験価値に変換し、大型区画の稼働と館内回遊を生む事例です。

また、体験型チャレンジ施設Level99は、Providence Placeに約40,000平方フィートの店舗を展開。本拠Natick Mall店は2023年に40万人超を集客し、Act III Holdingsから5,000万ドルの投資を獲得しました。

これらの実例が示すのは、体験型施設が
- 大型アンカーテナントになり得る可能性
- 館内回遊と周辺売上の増加への寄与
という形で、商業施設の収益構造に組み込まれている点です。とりわけ競争型エンタメの業態は、体験課金(プレイ料金)、飲食、物販、団体イベントといった複数収益源を組み合わせやすく、単一収益に依存しにくい設計です。
開発事業者にとっては、「面積あたり売上」と「来訪の反復性」を期待できるテナントとして、投資判断がしやすいという利点があります。
サンフランシスコのChase Center周辺やデトロイトのLittle Caesars Arena地区など、大規模な複合開発が次々と実現している現在、競技性のある体験施設は、平日や非イベント日にも「行く理由」を提供し、複合開発に不可欠な「常時稼働のコンテンツ」として定着しつつあると言えるでしょう。

日本の市場への示唆
では、こうした海外トレンドは日本にどう応用可能でしょうか。その論点を探ります。
第一に、市場規模とターゲット層の違いです。日本の商業施設は、米国の「百貨店跡の超大箱」を前提にした転換モデルと同じ前提で語れません。加えて、世代別人口規模や可処分所得、週末余暇の使い方、飲酒文化なども異なるため、日本市場で同等の単位経済性(1拠点あたりの売上・稼働・回転)を再現できるかは、エリア別に検証が必要です。
第二に、法規制・運用制約の論点です。日本では用途地域や建物用途の取り扱い、消防・避難計画、騒音・近隣配慮、深夜帯の営業や酒類提供を巡る制度・条例等により、導入やオペレーション条件が変わり得ます。したがって「飲食×エンタメ」を高収益で成立させるには、立地選定と、営業時間・音環境・動線計画などの設計が重要になります。(騒音問題で施設の評判を毀損する例は枚挙にいとまがありません)
第三に、運営ノウハウとパートナー選定の難しさです。海外にはPuttshackのように拡大資金を背景に多店舗化する専業運営事業者がいますが、日本で同種の「勝ち筋」がどの程度確立されているかはケースバイケースです。自社運営に踏み込むのか、外部運営事業者と組むのか、ブランド/ IPとのライセンス契約や共同事業を検討するのか、といった選択肢ごとに、投資負担・運営責任・ブランド管理のリスク配分を設計する必要があります。また、小規模に競争エンタメを組み込む場合、小型のオペレーター(運営事業者)候補を複数見つけ出し、運営リスクと財務リスクを抑えつつ規模を拡大する「地道な」戦略も重要です。(この点はコミュニティ設計におけるコミュニティマネージャーどうするか議論と同様)
第四に、既存テナントとの関係性です。小売が依然として収益の柱である施設では、体験型の導入が既存テナントの客層や館のポジショニングを変える可能性があります。その点、催事場を一時的にスポーツイベントでにぎわわせる程度であれば影響は軽微ですが、施設自体のリブランディング・活性化を本気で目指す場合は、少なくとも飲食への誘導を踏まえたゾーニング、息切れしないイベント運営設計などにより、テナントミックス全体としての舵取りにまで踏み込む必要が出てきます。
郊外モールの老朽化・空洞化が課題化している現在の日本においては、競争エンタメのような「目的地コンテンツ」が、地域コミュニティの再結節点になり得ます。自治体連携や地域のスポーツチームとの連携で公共空間と民間の体験型機能を組み合わせる発想。インバウンド需要を見据えるなら、ninja cafeのような「日本らしい体験」を分かりやすく記号化した娯楽施設が、多言語・多文化の来訪者の呼水になる可能性は大いにあります。

おわりに:体験経済への適応が問われる時代
グローバルの商業施設は、今まさにモノを売る場所から「体験を生み出す場所」への転換期にあります。Competitive Socializingは、その転換を象徴する潮流であり、既に欧米では実証された収益モデルとして確立されつつあります。日本の不動産業界においても、こうした海外事例を単なる「海の向こうの大箱に限った話」として済ませるのではなく、自社のモール再編や新たな収益の柱の選択肢として真剣に検討する時期に来ています。
重要なのは、盲目的な模倣ではなく、日本市場の特性を踏まえた適応です。規制環境、消費者嗜好、既存施設の特性を踏まえた上で、小規模な検証(パートナーアライアンス)から始め、自社なりの投資対効果の検討フレームを組み上げていく進め方は不可欠でしょう。
また、体験型施設の導入は、単なるテナント入れ替えではなく、施設のコンセプトそのものを再定義するレベルのアジェンダであるという認識は常に持っておくべきです。
「人はなぜわざわざリアルの店舗に行くのか?」
この根源的な問いへの答えは、「買い物のため」だけではなく「楽しむため」「つながるため」「記憶に残る体験をするため」へと多様化しています。この変化の中で前向きにあらゆるコンセプトの可能性を模索し、既存の投資・リーシングの枠に囚われない検討をスピーディに進めていくことが勝敗を分ける、と私たちは考えています。
参考出典
- Ally Bank – 友人との社交活動にかかる支出(平均月額など)に関する調査リリース
- Axios – 節酒・ノンアル志向(sober-curious / soft clubbing 等)の広がりに関する報道
- CBS News – Macy’sの店舗閉鎖計画(150店舗閉鎖の公表)に関する報道
- Cushman & Wakefield – Competitive Socializingの成長(2021年以降386%等)に関するインサイト
- FSR Magazine – PuttshackのAUV(平均店舗売上)や店舗レベルマージン、TI(内装工事費)負担構造に関する取材記事
- IR / Press Release(Netflix) – Netflix House(King of Prussia / Galleria Dallas、ダラス拠点10万平方フィート超等)の公式発表
- JLL(Jones Lang LaSalle) – 体験型(experiential)テナント比率(リーシングの一定割合)やアミューズメント拡大に関するガイド/分析
- Kroll Restructuring Administration(JCPenney) – JCPenneyのChapter 11申請(2020年)に関する案件情報
- Kroll Restructuring Administration(Bed Bath & Beyond) – Bed Bath & BeyondのChapter 11申請(2023年)に関する案件情報
- Market / Press Release(Level99 Providence開業時の配信) – Natick拠点の来場者数(2023年に40万人超等)の言及を含む開業発表記事
- PR Newswire(Puttshack) – 1.5億ドルの成長資本調達に関する公式発表
- Puttshack(公式) – Westfield Old Orchard(旧Lord & Taylor跡、約30,000平方フィート等)への出店に関する公式発表
- REBusinessOnline – Level99のProvidence Place(約40,000平方フィート等)出店に関する報道
- Retail Dive – 米国モール空室率(8.7%等、JLLデータの引用)および退店超過(net absorption)等に関する報道
- RetailWire – 滞在時間(dwell time)と売上の相関(1%増で売上1.3%増等)に関する事例研究紹介
- The Caterer – Red Engineの売上(£25.3m、前年比+24%等)に関する報道
- Yahoo Finance(UK) – Red Engineの資金調達(£60m融資等)に関する報道
- Business Wire – Level99の資金調達(Act III Holdingsからの投資コミットメント等)に関する公式発表
