PMとして辞令を受けたその日から、あなたは膨大な関係者との調整に追われながら山ほどの資料・数字と向き合っていくことになります。

はじめて再開発のPMになった時に知っておくべきこと」は、PMの実務に役立つノウハウをお届けするシリーズです。

今回は「まちを知る」という初歩の初歩について。

パースを捨て、まちに問うことから始める

「パースはまだできていないのか」。

プロジェクトの初期にこの言葉が出たら注意すべきです。パースは合意形成に効く。そこは間違いありません。しかし同時に、根拠が薄いにぎわいのイメージを“既成事実”にしてしまう力も強い。

開発がつまずくときは、だいたい順序が逆です。

本来は、現場で「実際に起きている現象」から「解決すべき課題/ ニーズ」を掴み、そこから用途・導線・運営の仮説を組み立て、最後に絵を描く。絵が先に出ると、現場が“絵に都合よく解釈され”、気づけば「誰も来ない箱物」が出来上がります。

だから、私たちにパースを描く依頼が来た時は、必ず現地に向き合うようにしています。

ただし、ただ歩けばいいわけではありません。視察も“設計”次第では散歩にも、フィールドスタディにも化けます。

レポートに「答え」なし

まちへ出る前に読むべき資料は、正解集ではありません。現場で気づきを得るための準備です。

行政のマスタープラン、デモグラ、不動産マーケットレポート。これらを読み、自分なりの「仮説」を持って歩くと、ただの散歩が「検証」に変わります。

ポイントは、完璧に読み込むことではなく、視察当日に役立つ程度に輪郭を掴むこと。これがあると、現場で見るべきものが立ち上がります。

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STEP 1:フィールドスタディを「設計」する

では、フィールドスタディには具体的にどのような準備が必要でしょうか。ここでは、チェックリスト形式で準備項目を洗い出します。

視察準備チェックリスト

①視察の目的が言語化できているか?

今回の視察で掴みたいことは何か?例えば...

  • にぎわいの核がどこにあるか(誰が、いつ、どこで滞在しているか)
  • 競合の“強みの理由”は何か(立地・導線・運営・テナント構成)
  • どの時間帯にまちの顔が変わるか(昼⇄夜、平日⇄休日)
  • マクロな視点で活性化のために必要な仕掛けは何か

②日程・時間帯・エリア/ 施設の回り方が計画できているか?

視察は「どこへ行くか」より、「いつ、どの状態のまちを見るか」で価値が決まります。なので、出発前に“回遊計画”をA4一枚で作っておくのがおすすめです。

日程

  • 平日(通勤・ランチ・退勤)
  • 休日(家族・観光・イベント)

※難しければ、まずは平日でOK

時間帯

  • 朝(通勤・通学の流れ)
  • 昼(ランチ・買い物・用事)
  • 夕方(入れ替わり・待ち合わせ)
  • 夜(滞留が残るか、入れ替わるか)

※全部を一日でやる必要はありません

回るエリアと、見るべき施設/ 空間のリスト(例示的)

  • 駅の主要出入口〜駅前広場
  • メインストリート(主要動線)
  • 裏通り(サブ生活動線/ 商業の密度)
  • 地下・歩行通路(“見えづらい”回遊の主戦場)
  • バス乗り場・タクシー動線
  • 競合施設(大型商業、再開発ビル群、公共空間)
  • 公園・広場・ベンチのある場所

当日の動き方を含めた地図

  • エリア地図(印刷して以下を書き込んで/ マークしておく)
  • 地点ごとの訪問時間/ 時間帯
  • 必ず通る主要な道/ 導線
  • 見るべき結節点(駅前、交差点、地下出入口、デッキ接続、広場など)
  • 競合施設

この「いつ・どこを・どう歩く」の計画書があるだけで、視察が“気づきの運任せ”になりにくくなります。また、スケジュールには、少し空白の時間を残しておくことで、現場で気になった場所へ寄れる余白ができます。

③既存データの概要が掴めているか?

手元にある資料をベースに、以下のような項目について概要をつかみます:

  • 行政計画(マスタープラン/ 上位計画、再整備方針、関連政策文書)
  • デモグラ(昼夜人口、世帯構成、年齢、転入転出の傾向)
  • 不動産指標(賃料レンジ、空室感、入替の頻度)
  • 競合施設(提供機能の整理/ 星取表、規模、運営)
  • その他(居住者の口コミ、歴史的な文脈、治安情報、納税額の大きい企業)

④地域の人に尋ねたい項目が整理できているか?

可能であれば、開発のヒントになる質問項目を洗い出しておきます。

  • 地域の最近のトピックは何か?
  • よく行く施設はどこか?
  • どんな居住者、来訪者が多いか?(年齢、性別、目的)
  • 最近増えた(減った)店や業態は何か?
  • 地元の人がよく行く場所/ 避ける場所はどこか?
  • 週末に出かける先はどこか?(なぜそこに行くのか)
  • 「不便に思っていること」は何か?

STEP 2:歩いて「答え合わせ」

ここからが現場です。

大事なのは、「見る(エスノグラフィー)」だけではなく「やってみる(参与観察)」を意識することです。コンビニで買い物してみる(消費者視点で棚を見る)、カフェで座ってみる、地域の祭りに参加してみる、わざと遠回りして裏路地を歩いてみる。身体が感じた違和感は、だいたい生活者が抱えている課題に直結しています。

観察の視点(レンズ)は無数にありますが、以下に視察の解像度を一段階上げるための5つの視点を提示します:

①雑居ビルに潜む欲望を言語化してみる

雑居ビルの2階以上には、まちの“生々しい需要”が表出しています。

以前、ある駅前で「昼は静かだな」と思いながら歩いていた時のこと。ふと見上げると、古い雑居ビルの看板に「メンズ眉毛」「パーソナルジム」「夜22時までのネイル」「マッサージ」「スナック/ バー」の名前がぎっしり。しかもどれも“やたら新しい”。

入り口横の階段から見上げてみると入口が暗い、階段が細い、でも人が吸い込まれていく。つまり、「縦動線の弱さを越えてでも行く理由」がある。

見渡すと、雑居ビルはその区画に林立しており、絶妙な徒歩圏内にオフィス街がありました。つまり、夕方以降のビジネスマンの動線を前提としつつ、2F以上でもリカーリング(再来訪)が見込めるビジネスであれば、築古の雑居ビルでも十分まちのニーズを満たせていたということです。

② 「聞いたこともない商店」の生存理由を探る

視察で一番面白いのは、「なぜこれが残ってるんだ?」という店です。

駅前の一等地で、客入りがほとんどない金物屋。古い制服屋。謎の衣料品店。普通に考えたら撤退しているはずの店が、平然と生きている。

こういう店は観察しがいがあります。買うものがなくても、店主と少し会話できれば、例えば以下のような裏側が見えてきます:

  • 実は外商で回っている
  • ここは自分の建物で家賃がない
  • 仕入れではなく修理・加工が本業
  • 地域の学校・病院との固定取引がある
  • 親の代からの信用で続いている

この瞬間に分かるのは、「この店(あるいは通り)は“通行量”で生きていない」という気づきです。

つまり、再開発で“人を流す設計”だけをしても、まちの基盤は動かない。逆に言えば、どこに「新しい消費」を足せばいいかが見えてきます。生存理由を知ることは、単なる雑談ではなく、その街の経済構造の解剖になります。

③「昼と夜」の顔の乖離を測る

可能なら同じ場所を「昼」と「夜」で歩きましょう。

同じ交差点、同じ歩道、同じ広場。これをやると、まちの解像度が大きく変わります。

あるオフィス街で、昼は人で溢れているのに、19時を過ぎると急に足音が消えるエリアがありました。飲食以外が一斉に暗くなって、歩道の空気が冷える。人がいないのではなく、「目的のある人しか残っていない」状況が生まれます。

このエリアを対象にして「にぎわいを作りたい」と言っても、昼と夜ではハードルが全く異なります。夜のにぎわいを生み出したいのであれば、発想を変える必要がある:

  • 無難なテナントではなく、目的性の強い業態・ブランド
  • ビジネスパーソンが“寄り道”できる明るさ・ファサード
  • 小さなイベントが成立する余白
  • 早い時間からの入店を促す軽飲食・ハッピーアワー
  • 雨の日でも溜まれる屋内外の連結

このようににぎわいを生むためにやるべきこと・実現性の手がかりが少しずつ見えてきます。

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④定住者の「聖地」を特定する

開発側はつい、「新しい広場」を作れば人が来ると思ってしまう。でも、定住者の忠誠は意外と頑固です。彼らが日々立ち寄る場所は、もう決まっている。

夕方に公園のベンチが埋まるまち。惣菜売場の前だけ妙に混むスーパー。ドラッグストアの入口に自転車がずらっと並ぶ動線。こういう場所を見つけた時、少し立ち止まってみましょう。「住民の生活の核」がそこにあります。

そして、再開発で新しい空間を作るなら、ここに接続しないといけない。

生活動線の外側に、いくら綺麗な空間を作っても、住民は“わざわざ行かない”。行かない理由は単純で、忙しいからです。子連れならなおさら。

だから、住民の聖地を特定するのは、「住民向け施設を入れるかどうか」ではなく、導線をどこに通すかの議論そのものになります。

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⑤週末の「流出先」=まちの「弱点」を知る

最後に、これが一番効くことが多いテクニックです。

住民が週末に「わざわざ出かける先」を聞くと、まちの弱点/ 欠落がそのまま浮かびます。

以前の視察で、「週末は結局隣町の◯◯モールまで車で行きます」と同じ言葉を、違う人から3回聞いたことがあります。理由を掘ると、物販ではありませんでした。

  • 「子どもが遊べる」
  • 「雨でも過ごせる」
  • 「ごはんと買い物と休憩が一つで済む」
  • 「週末の行き場と献立を考えなくていい」

つまり欠けていたのは、“週末滞在の総合パッケージ”でした。

この気づきがあると、(例えば商業施設の)開発の答えが変わります。既存の無難なテナント構成にするのではなく、まちに不足する弱点を補うテナントミックス。そして、屋内外の連結、キッズ導線、休憩、食、回遊をひとつの体験として設計し、商圏の収益性と付き合わせてみる。

住民の流出先は、そのまま「このまちで回収すべき需要」の地図になります。

STEP 3:記録して振り返る

視察は「気づいた」で終わると、社内で再現できません。あとで見返した時に、議論が前に進むように、最低限これだけは意識します:

  • 写真:ファサード、看板、空き区画、動線の詰まり、座れる場所、人の溜まり
  • 動画:交差点や広場など、“流れ”が分かる場所
  • 音:騒音・会話量・BGMなど、居心地の手がかり
  • (任意で)カウント:注目している施設や空間がある場合のみ、短時間で「立ち止まりが起きているか」を軽く見る程度

最近は音声認識アプリも高精度なので、録音してメモアプリで議事録にする、といったやり方も時短になってオススメです。

終わりに:感じなければ、コンセプトは描けない

机上データで仮説を作り、現場の身体感覚で検証する。

この往復運動によって、「このまちは何が足りていて、何が欠けているのか」が、自分の言葉で語れるようになります。

開発のコンセプトは、おしゃれなキャッチコピーではありません。

そのまちの欠落に対する、事業として成立する回答です。

私たちは、すぐに絵を描きません。

まずは資料を読み込み、仮説を持って街を歩き、看板を見上げ、店に入り、座ってみる。分厚い資料よりも、足で稼いだファクトの方が、揺るがない判断の礎になります。