なぜ「出島」は廃墟化するのか
「シリコンバレーにラボを作った」「CVCを設立した」。近年、多くの日本企業がオープンイノベーション(以下OI)の「箱」を作ってきました。しかし、その多くが数年で形骸化し、本社との間に深い溝を生んで撤退戦を余儀なくされています。
失敗の原因は明白です。「戦略」と「組織図」は輸入しましたが、「誰がやるか」と「どう報いるか」の設計を先送りにしてきたからです。
多くの事業者は「組織構造(出島か統合か)」や「出資枠・スキーム」といった箱を決めることに終始しがちですが、現場でイノベーションの成否を決めているのは、不確実性の中で異なる組織言語を翻訳し続ける「数人の社内起業家の熱量」というのが実情です。
今回は、組織の断絶を縫い合わせる「バウンダリー・スパナー(越境人材)」に焦点を当て、主要な先行研究に基づく人材要件と優秀な社内起業家を目利きするチェックリストについてご紹介します。
1. OIに求められる人材の能力とは
多くの企業は、OI担当者として社内調整力のあるエース社員や、技術に明るいベテランを配置します。しかし、既存事業(Exploitation:深化)で優秀な人材が、新規事業(Exploration:探索)で機能するとは限りません。
他にも関連する主要な研究やレポートを概観すると、その要件は、単なる「コミュ力」や「技術知識」ではなく、以下の5つの高度な能力セットに集約されます:
- 関係構築・ネットワーキング/ 信頼の蓄積
多様な利害関係者と関係を作り、維持し、「Reticulism(網状結合)」と呼ばれる能力でそれらをつなぎ合わせることができる
- 非階層・分散権力の環境で動く力
「上司の命令」が効かない相手に対し、合意形成と影響力だけでプロジェクトを前に進めることができる
- 調整・交渉(Task Coordination)
部門間・組織間の実装調整、フィードバック獲得、摩擦処理を完遂することができる
- 探索・スカウティング(Scouting)
技術・市場・政策等の新情報を外部から取り込み、内部の意思決定へと翻訳することができる
- 複雑性・曖昧性への耐性(Negative Capability)
「論点が割れる」「証拠が曖昧」「責任が多重化する」というカオスの中で、精神的平衡を保ちながら意味づけを行うことができる
2. 評価フレームワーク(チェックリスト)
上記の観点を現場の「採用・育成」に落とし込むための、評価フレームワークを提案します。従来の「売上いくらか」「何件会ったか」といったKPIではなく、以下の行動特性を評価基準とすることを推奨します:
※各項目 0〜2点で採点(0=証拠なし / 1=一部あり / 2=明確な根拠あり)。必須項目の2/3以上クリアを合格ラインとする、など。運用にあたっては、面談などでの受け答えに加えて、第三者からの評価なども含めて多角的に検討する必要あり。
① ネットワーク形成・信頼醸成
「ただ知り合いが多い」ことと、「構造的なネットワークを設計できる」ことを別物として捉え、客観的に見て信頼醸成の動きが取れそうと言えるかを評価:
- ◻︎ 業務に関連する利害関係者、意思決定者・反対者を識別できているか?
- ◻︎ 初対面から信頼を得るための「型」を言語化できるか?
- ◻︎ 関係維持の仕組み(定例・相互メリットの設計)が運用できるか?
- ◻︎ 対立・不信がある相手との関係修復の経験があるか?
- ◻︎ ネットワークが自社内や同業種のみに偏っていないか?
② 合意形成・影響力
バウンダリー・スパナーには(相手により)十分な指揮命令権がない場合もあります。「権限がない」状態で人を動かし実績を積み上げていく行動力の見込みを判定する必要があります:
- ◻︎ 意思決定を前進させた具体的成約事例とその中での工夫を言語化できるか?
- ◻︎ 反対者・慎重派への対応策(論点分解→代替案→落とし所)が具体的に説明できるか?
- ◻︎ 合意形成の手法(1on1根回し、会議設計など)への理解・経験があるか?
- ◻︎ 意思決定の「形式」(契約関係、決裁フロー、議事録)を整備できるか?
③ 調整・実装推進
この項目は、コミュニケーション能力を評価するものではありません。泥臭い調整を完遂する「タスクコーディネーター」としての能力に踏み込んだ視点が重要です:
- ◻︎ 関係者が多い実装(複数部署・複数社)を期限内に完了させた経験があるか?
- ◻︎ タスク依存関係(ボトルネック、クリティカルパス)の概念を理解しているか?
- ◻︎ 曖昧な要求を明確な「仕様」に落とし込んだ経験があるか?
- ◻︎ 変更要求/ インシデント発生時の制御経験があるか?
- ◻︎ 調整の実績は再現性があると客観的に言えるか?
④ 探索・翻訳
外部情報をそのまま社内に流すのはOI担当者の仕事ではありません。「社内の文脈」に合わせて翻訳し、具体的な行動を引き出す示唆に変換する必要があります:
- ◻︎ (新事業立ち上げなど)探索→仮説→検証→示唆抽出の一連のサイクルを回した経験があるか?
- ◻︎ 外部情報を適切な粒度で仕入れるメソッドを言語化できるか?
- ◻︎ 雑多な情報を意思決定用サマリー(比較・論点表など)に編纂できるか?
- ◻︎ 相反する情報の信頼性やバイアスを多角的な視点で分析した経験があるか?
- ◻︎ ステークホルダーに応じて、意思決定用の資料をまとめる能力があるか?
- ◻︎ 多様な関係者を説得するストーリーの構築・伝え方の評価があるか?
- ◻︎ 専門外の相手に、専門用語を噛み砕いて納得を得た経験があるか?
⑤ 複雑性・曖昧性耐性
OIの現場は常に「正解がない」状態です。このストレスに耐えるメンタリティと、走りながら考えるというアスリートとしての能力が求められます:
- ◻︎ ゴールが曖昧、または頻繁に変わる案件を前進させた経験があるか?
- ◻︎ 「複数の価値観」が衝突した場面を整理・調停した経験があるか?
- ◻︎ 関係者への説明(社内、提携先、顧客への多重責任)を捌いた経験があるか?
- ◻︎ 「決めないこと」を決められる(保留条件・期限の明示)胆力があるか?
一見あまりにも難易度の高いチェックリストに見えるかと思いますが、実際にOIで結果を出すことの実務にはいずれも重要度の高い論点です。(参考までに、Northboundにより運用する場合、これらの内容に加えてクライアントの重視する項目の足し引き、及び点数の重みづけ/ 加重平均の仕組みなどを採用する場合が多いです)
3. 報酬とキャリアパスの設計について
また、このように高度な能力を要求しながら、「報酬は既存社員と同じ」「キャリアは片道切符」では、優秀な人材は確実に流出します。イノベーションへの貢献に見合うインセンティブ設計は経営の責務です。例えば、以下のような個別具体的なインセンティブを設計することは、有能な越境人材に社内外で十分にバリューを発揮してもらう後押しになります。
① インセンティブ設計の手法(例示的)
- みなしエクイティ制度: プロジェクトの将来収益の一部を、仮想的な株価(ポイント)として付与し、事業化成功時に精算する/ ボーナスに上乗せする仕組み。
- スピンアウト権利: 事業化承認が得られなかった場合でも、一定条件でそのアイデアを持って社外へスピンアウト(独立)できる権利、あるいはカーブアウト時に本人が出資できる権利を与える。
② 「安全な越境」を保証するキャリアパス
「OI部署に行くと出世コースから外れる」という恐怖を取り除く制度。
- 本籍地制度: 2〜3年はOI部署に出向するが、籍は元の有力事業部に残し、評価も事業部側が一定関与する。
- アルムナイ(卒業生)ネットワーク: OI経験者を「変革リーダー候補」としてプールし、次の経営幹部候補として優遇する明確なトラックを作る。Anconaらの研究にある「Ambassadorial(大使)」活動は、将来の経営幹部に不可欠な政治力を養う場でもあります。
おわりに
オープンイノベーションに成功している組織に共通するのは、綺麗な設計図ではありません。「越境すること」がリスクにならず、称賛され、報われるという「確信」が社員にあることです。
バウンダリー・スパナーは、見方を変えれば、組織の免疫機能と戦い続ける「異物」とも解釈できます。しかし、この異物こそが組織を進化させます。経営層あるいはマネージャーの役割は、彼らを排除しようとする組織の抗体を抑え、彼らが呼吸できる特区を守り抜くことに尽きます。
OIを志向する企業には、箱を作らず、人を見極められているか。そしてなにより、彼らの「熱量」にただ乗りせず、その熱を焚きつけることができているかが問われています。
主要参考文献
- Ancona, D. G., & Caldwell, D. F. (1992). Bridging the boundary: External activity and performance in organizational teams. Administrative Science Quarterly.
- Bednarek, A. T., et al. (2018). Boundary spanning at the science–policy interface: the practitioners’ perspectives. Sustainability Science.
- Center for Creative Leadership (2016). Boundary Spanning Leadership.
- Williams, P. (2002). The competent boundary spanner. Public Administration.
- Williams, P. (2013). We are all boundary spanners now? International Journal of Public Sector Management.
